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しかし、このような債権も一つだけ活用できる場合があります。
これはたとえば、甲は乙に対して売掛金として一〇〇万円の代金債権があり、乙は甲に対して一〇〇万円の貸付金債権があるという場合、双方の債務が弁済期になると、互いに自己の債務(受働債権)をその有する反対債権(自働債権)で、相殺により消滅させることができます。
しかし、相殺による決済は相手方に対してその旨を意思表示することが必要ですから、右の例で、甲が、双方の債務が弁済期になれば自動的に相殺になるものと誤解して、放置しておくと、両者の債権はその後も有効に存続し、甲の乙に対する売掛金債権は(時効の完成に必要な期間は二年なので)先に時効にかかってしまいます。
一方、乙の甲に対する貸付金債権は(商取引によるものでも時効期間は五年ですから)時効にかからずに存続します。
そのため、甲の債権が時効にかかった後に、乙から甲に貸付金の請求を求められると、甲はこれを弁済しなければならない破目におちいる理屈となります。
そこで、この場合は特別に、甲はすでに時効にかかった乙に対する債権を自働債権として、自己の債務を相殺により消滅させることができることになっています。
消滅時効という制度は、これを利用することを法律が債務者に強制するものではありませんから、時効の完成に必要な期間を経過した後でも、債務者がそれを債権者に対して主張する(援用する)かどうかは、本人の自由にまかされます。
そして、被告たる債務者がこれを援用しない限り、裁判所は(原告たる債権者の主張する債権が時効にかかっていることを知っていても)、時効を理由として原告の請求を棄却することはできないことも、すでに説明したとおりです。
援用しないといういわば消極的な行動に止まらず、債務者が時効にかかった債務の存在を積極的に承認し、たとえば債権者にその全部または一部を弁済することを、時効の利益を放棄する、といいます。
時効の利益は、その完成前に放棄することはできませんが、時効が完成した後に、債務者がこれを承知のうえでその利益を放棄することは、格別弊害がないので許されているのです。
そこで、時効完成後に債務者が債務を承認し、債権者にその一部を弁済したりすると、それによってその債務はいわば生き返った形となり、その承認の時点から新たに時効が進行することとなります。
ただ、この時効力利益の放棄は、債務者が時効の完成について認識していることを前提としているので、債務者が時効の完成を知らないで、債権者にその債務を一部弁済したりした場合をどう考えるかが問題となります。
しかし、この点について判例は、債権者はそれによって、債務者は時効の利益を放棄し以後時効を援用することはないものと信じているのであるから、それを後日になって、債務者があれは時効の完成を知らないでしたことであるとしてくつがえすことは、信義則上許されない、としています。
債務者が自己の債務の時効の完成を債権者に援用せず、時効の利益を放棄して一部を弁済するようなことは本人の勝手としても、その債務のために保証人になったり担保を提供した者にとってはたまりません。
時効という制度がもともと不徳義な性格を持っているため、法律としてはその援用をいわば債務者本人の良心に委ねることにしているとしても、それによって他の人にまで迷惑をかけるのは問題といわねばなりません。
そこで、本人ではないが、その債務に対して何らかの利害関係を持っている人たちには、独自に時効の援用を許すべきではないか、という点が議論されます。
法律の条文(民法一四五条)のうえでは、時効を援用できるのは“当事者”に限るとされているので、条文からはこの“当事者”とはだれか、という解釈の問題となります。
判例はこれを、その債務について直接に利害関係を持つ者と定義し、具体的には(連帯)保証人、債務者以外の担保提供者(物上保証人)、抵当権など担保権の附着した物件の所有権を譲り受者(第三取得者)などが、これにあたるとしています。
時効にかかった債権を担保する抵当権を先順位に持つ後順位の抵当権者はどうでしょうか。
実際に裁判で争われたケースでは、第一順位で設定者乙は、丙の債務のために物上保証人となって抵当権を設定し、第二順位では自己の甲に対する債務のために抵当権を設定しています。
そして丙の債務がすでに時効にかかっているのに、この不動産が競売になっても乙は(物上保証人として)丙の債務の時効を援用しようとしていません。
おそらくこれは、仮に丙の債務について時効を援用しても、第二順位たる自己の債務について甲からこの不動産を競売されれば、結局その不動産の所有権を失うことになるからもともとである、という気持ちがあったからではないか、と想像されます。
ところで、後順位者たる甲には、先順位抵当権で担保されている債務の時効を援用するについての“直接”の利害関係があるかどうかですが、これはケースバイケースでしょう。
すなわち、その不動産の価格が高いとか、先順位の債権額が少ないとかの事情によって、先順位の債権が時効にかかっていなくても後順位が十分に競売時に配当をうけられることがあるからです。
つまり、先順位の債権のために後順位に十分配当がこない、という事情のあるときだけ利害関係を生ずることになります。
こうした特別な地位にあるためか、判例は、後順位の抵当権者は、先順位抵当権で担保される債務の時効完成を援用できる“当事者”ではない、としています。
しかし、甲は先順位抵当権の物上保証人たる乙の債権者なので、債権者代位権を利用し甲が乙に代位して、先順位の時効完成を援用するのはよい、としています。
そうだとすると、乙に対して債権はあるが、乙所有の不動産について特に担保権を持たない他の一般債権者も、債権者代位権によって、乙所有不動産に設定されている抵当権の被担保債権の時効完成を、乙に代わって援用できることになります。
つまり、そのようにしてその抵当権を消滅させたうえで、その不動産に対し強制執行をかければよい、というわけです。
債務者の財産に対しあらかじめ担保権を設定していた債権者には、債務者の財産の換価にあたって優先して弁済権が認められます。
したがって、そうした優先弁済権を持たない債権者二般債権者)にとっては、債務者の財産のうち担保権が設定されたものを除いた部分(一般財産)が、その債権の引当になるわけです。
そのため、債務者の一般財産の内容がどうなっているかは、一般債権者にとり重大な関係があるのです。
そこで、債務者の一般財産の充実あるいは保全について、何らかの形で債権者にこれに干渉し関与させて、一般財産の充実を図る権利を認める必要が出てきます。
しかし、債務者には、たとえば破産宣告をうけて、その財産が管財人によって管理されるような事態にならない限り、自分の財産をどう処分するかの自由があるのですから、そのことと右の要請とのバランスが問題になります。
さらに、債権者による債務者の財産の管理・保全への干渉は、債務者と取引した第三者、たとえばある不動産を債務者に売渡し、あるいは譲り受第三者との間でも問題を生じますから、この点の調整をどうするかも大切です。

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